Prologue

畑から自宅を臨む

近年多くのワイナリーオーナーが「Dry Farming」を主張する傾向にあり、口々に言うセリフは酷似している。
「うちは灌漑はしない。ブドウ樹が水を求めて地中深くに根をはり、凝縮したフルーツを造ることにつながるからだ。」

乾いた気候のカリフォルニアの夏は本当にドライの一言につきる。
水を全く与えることなく健康に栽培できるのかという現実は、現地で携わる者にしかわからないだろう。
エリアや土壌や樹齢の違いがドライファームを有効にするか否かを大きく左右するのは言うまでもない。
中にはドライファームの呪縛にとらわれ、葉が丸まりはじめ本当に水を必要としている樹にさえ「お水はあげないで」と懇願する新米ワイナリーオーナーもいる、と栽培農家は嘆く。

「Dry Farming」は凝縮感を持たせる。これに異議を唱えるものはいない。しかし過度の乾きは「OVER CONCENTRATED」 =「過度の凝縮」を招く。糖度が過分に上昇し、アルコール度の高いワインになることもまた事実である。いきおい、多くの人が想像する「ザ・カリフォルニア」というワインが出来上がるわけだが、そうなるとやはり優美さに欠けるのは否めない。

ブドウ樹が水を必要としている時は、やはり与えてあげるべきだろう。ピーター・マイケルしかり、ドミニュウスしかり。
そして暑いセント・ヘレナに位置するグレイス・ファミリーでも灌漑は欠かすことのない作業のひとつである。

Philosophy

29号線に面した有名な1エーカー、そして敷地の後方に位置する2エーカー強の畑がグレイス・ファミリーの有するすべてのエステートだ。
今年の最初の灌漑=(irrigation イリゲーション)は7月8日から開始した。この日からヴィンヤード・マネージャーがよしと判断をくだす日まで、各ブロックごとに週に4時間の間隔で続けることになる。

目指すものはコンテスト用のワインを造ることではない。ましてや評論家の好みに迎合することでは決してないのである。「OVER CONCENTRATED」は、グレイス・ファミリーが最も忌諱(きき)するものだ。囲む食卓を引き立たせる「ワイン」という名脇役は、会話をはずませ過ごす時間を豊かにするものだと信じている。

設立から25年余り、一貫する造りのポリシーは「フィネス」と「バランス」。優美さを保つこと、美しさをグラスの中で表現することに心をくだいてきた。インクのようなカラー、アルコールの高さを競うようなパワフルなパレットとは対極にあるワインを造り続けてきたこのワイナリーは、これからもその姿勢をくずすつもりは毛頭ない。ブレが生じたら軌道修正すればいい。

地球温暖化の影響で気温に変化が生じてきた。今年の対策方法はより多くのシェードを作るキャノピー・マネージメントや、剪定を細かくしすぎないこと、そして灌漑の間隔を調整することだという。

Eternal Mission

7月時点のカベルネ・ソーヴィニヨン

このワイナリーで造られるワインは食卓を豊かにする役目のほかに、もうひとつの側面を持つ。100%カベルネ・ソーヴィニヨンからなるこのカルトワインは、グレイス・ファミリーにとって子供たちを支える糧となる大黒柱なのだ。

ネパールに病院を設立し、中国で孤児院を助け、メキシコに500台もの車椅子の寄付を可能にする。難病と闘う子供達に生きる望みを与え、地震で多くを失った日本の子供達に笑顔を取り戻させる。

「自分たちの老後のことだけを考えるなら、良い条件で人手に渡したほうがベターオフだろう。しかしこのグレイス・ファミリーというワイナリーには、子供達をサポートする使命があると信じているんだ。そのためにも人生の最後の一瞬まで、素晴らしいワイン造りを続けていくつもりだよ。」信念にもとづくディックの言葉は、いつも力強く穏やかである。

Pride

グレイス・ファミリーの担う責務、プライド。そして夫妻のヴィンヤード・マネージャーとワインメーカーを同格のパートナーとして接遇する証しが、2003年ヴィンテージのエチケットに見て取れる。

THIS WINE WAS PRODUCED ENTIRELY FROM CABERNET SAUVIGNON GRAPES.
THE GRACE FAMILY VINEYARDS ARE CAREFULLY TENDED BY VINEYARDS MANAGER KIRK GRACE AND OUR WINE IS CRAFTED BY WINEMAKER GARY BROOKMAN.

自分の名前がボトルに刻まれる誇らしさはさらなる研鑽の礎となるだろう。
ボトルを手にとり、にっこり笑う二人の姿が、今日も世界中の子供達から届く手紙に目を通すグレイス夫妻の姿に重なる。

※リポート内容は取材当時のものとなります

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